先日書いた「悪魔との対話」について感想をもらいました。

大凡、『ウィキペディアは正当な事実や検証を元にした百科事典のようで、実は誰でも個人の主張をもとに情報を書き込めるものであって、信頼性の高い情報だけが掲載されているわけではない』という感想です。

つまり、私が引用したアダムとイブの記事などなどにおいて、その情報の正当性や信憑性が高いか疑問である、ということでもあると思います。

(ちなみに感想をくださった方は、ウィキペディアが専門家による情報が書き込まれているのではなく、誰でも自らの主観でウィキペディアに情報を書き込める、という事実が世間一般的に周知されておらず、正当な百科事典として認識されていることを危惧し、また私自身もそのことを知らないかもしれないということでアドバイスをくださいました。)

まず、私はこのウィキペディアというものが誰でも書き込めて、決して正しい専門家が書いているものではないことを知っています。

英語版ウィキペディアと日本語版ウィキペディアで、書いてあることが違ったりします。

ウィキペディアに書いていることが全て歴史的にも正しい情報、知識であるという考えはありません。

「そういう考え方もある」という視点で見ています。

ちなみに、私はウィキペディアに限らず何事においてもそのような視点で物事を見ています。

あとは、その情報を自分が「信じるか信じないか」です。

これは正直、好みみたいなものだと思っています。

データや公的文書、資料などをもとにした正当性の高い情報を信じる人もいるでしょうし

自分の感性で心惹かれるものに信頼を置く人もいると思います。

そしてそれは人それぞれの自由です。

(ちなみにこれも私の考えですが、データや正しい知識を大切にされ、重視されている方にとってはこの世の中の煩雑とした情報の在り方に憤りを感じられる方は多いのではないかなと想像します。そして私はどちらかというと、正しい情報というものを心がている方からすると、テキトーなことを公開している部類に当たるかもしれません苦笑。)

私の書いているブログに関しても、ご覧のとおり、綿密なデータや検証資料など掲載していない点からも、はっきりいって、私個人の徒然日記のようなものです。

ところが今回、ウィキペディアを引用したこともあって、私個人の主張、そしてその正当性に少なからず目が行くこととなりました。

タロットカードの解釈にしてもそうですが、あくまで私個人が頭の中で考えたことをここにさらけ出しているような状態です。

決して私の今回の解釈を正当だと主張する意図はありません。

ただ私の落ち度といえば、ウィキペディアは必ずしも正しい情報だけでできているわけではないということを、そのことを知らない人のために初めに記す、もしくはそういう主張でないことを書く必要があったのかなと、今になって考えています。

ダリのカードの解釈についても同じです。

ダリの悪魔のカードとウェイト版愚者のカードが似ているというのは私個人の感想であって、ダリが悪魔のカードを好奇心と理解して書いたかどうかはわかりません。

私が勝手にそう考えただけです!(´∀`)

その考えが正しいと証明するものはありません。

恐らく私のこの解釈に納得いかない人もいると思いますし、中には「面白い解釈だな」と思ってくださる方もいると思います。

そしてそれでいいと思います。

今ここで、改めて表明しておきますが、私がこのブログで書く内容は、私個人の考えたことや頭の中で徒然と思うことや、あるいは面白いと感じた出来事などをありのまま綴っているブログです。

(ブログのプロフィールにもそう書いておくことにします)

情報として正しいか、歴史的に間違っていないか、といったことには配慮していません。

そこに注目すると、私は何も書けなくなるからです。

そして、そこに注目しすぎると、自分の考えが「既にある正しい知識の上に成り立っているか」という点に絞られ、自由な発想が奪われるからです。

データや資料をもとに、正確な情報を提供する大切さや価値は理解します。

しかし私のブログ、そして情報は、枠を飛び越えた考えや、世間一般的に間違っているされる考えへの個人的な視点などに注目しています。

二度目になりますが、清流涼音の頭の中で沸き起こったことを綴る徒然日記としてお読みいただければと思います。

最後になりますが、感想をくださいましてありがとうございました!

大変勉強になりました!