唐突ですが、私は料理が嫌いです。
料理を作るより食べることが好きです。
子供の頃から習い事が多く、料理の手伝いをしてこなかったこともあるかもしれません。
または、シングルマザーだった母が時間に追われながら料理を作っている姿を見て、面白そうだとは思わなかったことがあるかもしれません。
まあ、こういった「原因」を探る行為に意味などはないのですが。

結婚して子供産むということが、毎日ご飯作ることだと頭の中では分かっていても、理解はしていませんでした。
なので私は、結婚後すぐに子供を授かって、毎日料理を作るようになって、料理の楽しさを考える前に、料理は「義務」へとなりました。
つまり、「やらなければならない」ということです。
やりたくてやっている、ではなくて、必要なことだからやっている、ということ。

誰にだって、やりたくないけど必要だから仕方なくやっている、ということがあると思います。
ない人もいるかも。
私の場合、それが「料理」です。
掃除よりも苦手、苦手というか嫌い。
楽しくない。

毎日やらなきゃいけないことは、「好き」になるのが一番です。
好きだから乗り越えられるということもある。
嫌いだと、それが数倍難しくなる。

でも、嫌いなものは嫌いなのです。
どんなに、母親だから、結婚したくてしたのは自分だから、子供を産んだのは自分だから、と理屈を捏ねても、心が納得しない。
そういうことってあると思います。誰にでも。
ない人もいるかも?(笑)

さて。
以前の記事で、私は、「生きるということは表現するということ」と言いました。
これは私の中の答えであり、誰でもそれが当てはまるとは限りません。
でももし、その事になぞらえるのであれば、「嫌い」というものも表現すべきはずです。

ということで、昨日私は、家の中で料理を作りながら「料理なんて大っ嫌いだーーーーー!」を連呼していました(笑)
料理に愛情を込めると子供のために良さそうなもんですけど、果たしてイヤイヤ料理を作る親の姿を、子供は見て何を感じるんでしょうか。
心配です、でも、OKだと思います。

嫌いなものは嫌いでいいし
好きなものは、理由なしに好きでいい。
そう思うからです。

完璧な母親っているんでしょうか。
完璧な人間って。

そしてもしいたとして、それは、必ずしもいいことなんでしょうか。

料理は愛情・・・
料理にどうやって愛情を込めるんでしょう。
念じるんでしょうか?
好き~愛してる~美味しくなれ~って。
まあそれもひとつの愛の形?

でも私は、「私は料理だいっきらい!!!」って言いながら料理作るのも、愛情だと思うのです。
(自分のことだからそう思いたいだけかも(*´▽`*))

自分の時間が欲しいな・・・もっとあれにお金をかけたいな・・・もっと気兼ねなく出かけたいな・・・
と、色々と独身時代の身軽さを恋しく思うこともあります。
でも、じゃあ子供がいなければ良かったか?と聞かれると、そうは思わないのです。
なんでも好きなことができて、自由な時間とお金があって、何も「義務」がない状態。
それが本当に欲しいかと聞かれると、そうではないのです。

つまりそれは、私の考えでは、充分「今」に対して愛情があるのだと思うのです。

右を向いて、左を向いて、ネットなんか覗いちゃえば、毎日子供のためにお弁当作ったり、見目麗しいカフェの食事かと思うほどの料理を手作りしている方がいて、そういう人を見ていると自分のあまりの粗末な食事に(笑)ますます落胆するのですが、決して「見た目のよしあし」で全てを測ってはいけないのだと。

ニコニコ笑顔で子供に為にご飯を作ることも、ブーブー文句言いながらご飯を作ることも、「表現=カタチ」の違った愛情なのではないかなと。

・・・非常に自分に甘い、コジつけみたいなことを考えたのでしたワハハハハハ(´∀`)

いいのです、自分に都合のいいように解釈して、少しでも自分の気持ちが晴れるのであれば!

昨日散々「私は料理というものが嫌いでありますーーーーーー!!!!!」と叫んだお陰か、今日は普通にご飯を作っています。

朝からフレンチトーストを作りました。

主に私が食べたくなって(笑)

ということで、嫌なことがあったときは、思い切って「大嫌いだーーーーー」と思う存分表現してみてもいいと思います、というお話でした。

対人間でもいいと思います。
「私はアノ人が大嫌いだーーーーーーー!!!」と。
嫌いに理由はいりません。
何となく嫌い、これでいいと思います。

綺麗は綺麗。
楽しいは楽しい。
好きは好き。
汚いは汚い。
嫌いは嫌い。

理由とか意味とか、こじつけはテキトーにドウゾ。
無くていいものですから。
自分を「正当化」しなくてもいいのです。
「あの人にはこういう欠点があるから嫌い」とか、相手を悪者にして嫌いになってしまう正当な理由を探さなくていいのです。
何となく気に入らないんだから、嫌い、でいいのです。

だって嫌いなんだもん。
子供のソレと同じでいい。

もっと自分に、「悪いこと」を許してみましょう。