2歳の可愛いこどもを持つ私は、常日頃思っていることがあります。

それは、「こどもは、いくつになっても”私”の”こども”である」ということです。

今は2歳のかわいいこどもであっても、いつか50歳を迎えたおっさんになって、でもどちらも変わらず私の子供であるということ。

2歳のこどもはまだ赤ちゃんで、可愛らしくて(見た目も中身も)、可愛い可愛い~ってしながら育てればいいのですが、いつか成人して今の私の年齢を越えていく。

そうなると、「こども」というよりは、「一個人」となります。

一人の意見を持った個人です。

結婚すれば多くの人がこどもを欲しいと当然のように思いますが、それはどんな理由からなのでしょう。

本能?

赤ちゃんが可愛いから?

私はどうだっただろうか。

特に理由があったわけではなく、それが当たり前のことのように思っていたのかもしれません。

世の中には、後継が必要だから、だったり、将来自分の老後を世話してもらうため、だったり、様々な理由があって子供をほしいと考えて生む人もいるかと思います。

今はこんなに可愛いこどもも、いつか意見を対立させることがあるかもしれない。

「ママ、大好き(*´ω`*)」なんて言ってくれないでしょうし(言ってたらどうしよう・・・)、もしかしたら、一人の人間として、母親である私のことを嫌悪している可能性だってあるのです!!

だって、世の中にはこんなにも、親子関係で悩んでいる人がいるのですから・・・。

子供が可愛くてなんでも許せるのはほんの数年。

大人になれば、一人の人間。

いつまでも、可愛い赤ちゃんではないということ。

そのことをよくよく考えて、子育てをしていきたいと思います。

こどもが大人になったとき、信頼し合える個人同士になりたいです。

「いつまでも自分の子供」だけれど、「自分の所有物ではない」ということ。

「体を壊すことで母に抵抗」母の拘束に苦しむ娘〈AERA〉