先日、Facebook経由で、非常に懐かしい友人から「会いたい」というお誘いを受けた。

中学生時代の同級生ではあったが、それほど親しかったわけではなく、例えば当時一緒に遊びに出掛けたりなんかということもしたことがない。

なので連絡を受けた時は嬉しい反面驚きもあった。

ただ、新しい交友関係が広がるのはいいことかなと思い、快諾をして会う約束をした。

当日。

東京駅にて久しぶりの再開を果たした。

正直、どんな子だったかな…という思い出せない不安があったが、会ってみると昔をすぐに思い出せるほど変わっていなかった。

会ってみても昔を思い出せないほど変わっていたらどうしようかと思っていたので、一安心して一先ず喫茶店へと入った。

お互いの現状を何と無く話し合って、時に昔話を交えながら。

会話は楽しく盛り上がっていたが、正直、どうしてこの子は私に会いたいと思ったのかなと、不思議で仕方なかった。

何と無くの話で時間が過ぎて行く。

飲んでいたジュースも終わりに差し掛かった頃だった。

友達は唐突に一枚の紙を私に渡した。

「見て欲しいものがあるの」

渡された紙には、何やらお経のような難しい言葉が書いてあった。

その言葉を読んだ時に、ある答えを直感していた。

その子はその紙に書いてある言葉の意味について語り始めた。

そしてそれから自分が苦しかった時の話を始め、その後、自分が苦しかった時に出会い、今も所属している”とある会”について話し始めた。

彼女は如何に、自分がその会と出会い、会からの教えのお蔭で自分を変えることが出来たかを説いた。

しきりに強調したのは、「自分の力で自分を変えたのだ」ということだった。

ここまでで分かるかもしれないが、つまりその会は、わかりやすく言えば新興宗教なのだと思う。

当人に宗教でしょ?と言えば、違うと答えると思う。

自分が行動して、自分の力で自分を変えるの。誰かに助けてもらうとか、頼るとか、そう言うことじゃないの。

と繰り返し言っていたから。

話によると、一番大事なのは先祖供養することで、自分で自分の先祖を供養することで自分をよくしていこうという事らしい。

その子は如何にその事が素晴らしいことかを語っていたが、やがて最後にはこう言った。

「ね、だからさ、一緒にやらない?」

私はこの友達から連絡を受ける前に、Facebookに子育ての疲れを吐露していた。
おそらくそれを読んで、私が困っている、精神的に参っていると判断し、自分が救われた時のことを私にも話そうと思ってくれたのだろう。

ただ、はっきり言って私は、何かの会に所属するということがあまり好きでないため、これが目的だったのかと分かったときには、彼女なりの「善意」なのだろうとは思いつつもがっかりした。なんだ、そう言うことかと。

(なぜがっかりしたかというと、この子が連絡をしてきてくれた理由は、デザフェス関連かなぁと勝手に予測して期待していたからです)

「そうなんだ。ありがとう、でも今は私、色々上手く行ってるからさ。また困った時によろしくするよ。」

うん、そっか。わかった。
その子はそう言って紙をしまった。

その後はそれまで通り、何事もなかったように話をしながらカフェを出て、少し一緒に店を回った後、別れた。

私はいい、と断って引き下がってくれてホッとしたが、同時に胸がモヤモヤした。
私は決して、宗教がいけないとかその子の言っていることが間違いだとか、そんなことは思わない。
彼女も私になにかを押し付けることも全くなかった。
でもモヤモヤした。

所謂これは、勧誘ということなのだろう。
その子の言っていた会について調べてみたら、どうやら勧誘をして仲間を増やすことで、自分の先祖が供養されるらしい。
(おそらくモヤモヤと感じたのは、「宗教」という概念への先入観と抵抗感ゆえ)

と同時に、ふと過(よ)ぎった。
ヒーリングというものも、そうはならないだろうかと。

自分にとっていいと思えることでも、他人にとっても同じようにいいと思えるものであるとは限らない。

ヒーリングや宗教に関してばかりではない。
物や商品でも、出来事でも、考え方でも。
自分の心地よいもの、好きなもの、正しいと思うものが、他の誰にとっても良いものであるとは限らない。

今回の勧誘は全く強引なものではなく、その子は自分がいいと思っていることを話して、一緒にどうかと声を掛けただけであって、決して押し付けてくるようなことはなかったが、中にはそういう人も居るようで。
それって、とっても嫌なことだなあとしみじみ感じた。

もしかすると私も、誰かにそうしていたのかもしれない。自分がいいと思うことを相手に押し付ける行為。

誰にでもあるのかもしれない、自分と価値観を共有してくれる仲間が欲しいと思う気持ちは。自分と同じように、「凄くいいね!」と評価してもらえることを求めているのかもしれない。でもその欲求は、時に相手を落胆させたり嫌な気持ちにさせる可能性があるということ。

 

ちなみに、こんな言葉が聞こえてきた。

「本当にいい物は、誰にも教えず独り占めしとけばいい」

 

誰かと共有しようだとか、誰かに理解してもらおうという気持ちは、良いことかと思っていたが、反面、孤独になることへの恐怖がそうさせているだけなのかもしれない。
彼女は、彼女の信じる自分の所属する会を自分と同じように認めてくれる「仲間」が欲しかったのかもしれない。

本当の本当に、それを正しい、いいものだと思っているのなら、他の誰がなんと言おうと自分一人でそれを信じていればいい。

ということで、私はヒーリングというものを誰かに教えたりはしない。幸せな私を見た誰かが、どうしてそんなに幸せなの?と聞かれたときに、「秘密のアイテムを持っているからよ♪」と答えるにとどめておこうと思う(笑)

ヒーリングは私から見て、万人受けするとは今のところ到底思えないからである。だから、ヒーリングに興味があり、魅力を感じ、知りたいと感じる人にだけこのブログは読んでもらい役に立てればいいと思っている。