私は、怒らなければならないのだと思った。
私は、怒りを感じたならば、声を上げて怒らなければならないのだと思った。
何故なら、それは自分が可哀想だからだ。
怒りを感じている自分は、悲しいのだ。
相手に理解されず、貶されたと感じて悲しいからだ。
私は、怒らなければならないのだと思った。
自分のために、怒りを顕にしなければならないのだと。
相手を理解させるために怒るのではない、それは自分自身の味方になる為に。

今日のヒーリング講習会で昔のことを思い出して、お話しました。
私が悲しい思いをしたとき、いじめられたとき、そういう時私の母は、心底怒って私の代わりに相手に怒りをぶつけてくれようとしました。
私は問題がこじれるから(笑)やめてくれと止めましたが、本当は嬉しかった。
自分の怒りや悲しみを、代わりに体現してくれたことが。
私の味方となって怒ってくれたことが。

今日夜、腹が立つことがあって、我慢してもイライラしてしまうことがありました。
その時私は、堪えることをやめて怒りました。
自分の言い分はただのわがままかもしれないけれど、そうだとしても、私は今自分が感じている怒りや悲しみを、自分自身で自覚してあげないといけない、理解してあげないといけない、と。
相手に理解してもらおうと思っているのではなく、自分の気持ちを、自分がそのまま受け入れて味方をしてあげなくちゃ、と。

怒りの底には悲しみがある。
私は、自分が悲しんでいることがよく分かりました。
よく自覚しました、だからこそ、怒りました。

大丈夫だ、私は、絶対に私の味方だよ、って。