唐突ですが、先祖供養とヒーリングについて考えたことがあったのですよ。

(きっかけは、この記事の出来ごと)

で、ある日不思議な夢を見たのですよ。

その時は意味不明だったのですが、今になって、こういうことか?と思いついたわけですよ。

▽▼▽

私は家族で旅行を楽しんでいた。

滑り台があったので、滑って遊んだ。

たどり着いた先にどこでもドアがあった。

興味本位で覗いてみた。

ドアの先には別世界が広がっている。

すると、誰かが後ろから声をかけてきて、許可がないと入れませんよ、と言った。

私は嘘をついた。

許可をもらっています、と。

そしてそのまま私はどこでもドアの中へと入っていった。

後からソーと旦那がついてきたように思う。

ドアの向こうは、古い日本式の屋敷の中だった。

京都御所みたいな立派な建物に見とれて、どんどん奥へと進んでいった。

夢中になって屋敷の中を探索していると、辺りがだんだん暗くなってきた。

日が暮れ始めたのだ。

障子越しに外を見やると、夕暮れ色の光が薄暗く屋内を頼りなさげに照らしていた。

いつの間にか屋敷の中は真っ暗になった。

私は慌てて出口を探した。

後ろについてきていたはずの旦那と子供に目をやる。

そこにいたのは、見ず知らずの男と、不気味な女の子だった。

二人はおどろおどろしく私のことを追いかけてきた。

私は逃げた。

真っ暗な屋敷の中を。

襖を開ける。

部屋がある。

更に襖を開ける。

また部屋がある。

そしてまた襖を開ける。

そしてまた部屋が・・・。

「無間地獄」

誰かが囁いた。

真っ暗な中、出口はないのに逃げ続ける。

私は恐ろしくて堪らなかった。

更に、ここは生きた心地がしない場所だった。

つまり、死ぬことが出来ない場所のように思えた。

とするならば、私は永遠にこの場所で真っ暗な中を逃げ惑うのだろうか?

何枚もの襖を開けたその先。

今までとは違うものが目に入った。

障子と、光だ。

私は真っ暗な中で、白い光を放つ障子めがけて飛び込んだ。

ジャッと勢いよく障子が勝手に開いて、私は転がり込んだ。

地面に打ち付けられた痛みより何より、自分が光のある場所にいるのかどうかということの方が大事だった。

見ると、苔むした地面に倒れ込んだ自分、そしてその背後には閉められた障子、そしてその反対側には鯉が優雅に泳ぐ池。

光が溢れ、穏やかな秋の日が降り注ぐ世界だった。

「おや、あんた出られたのかい?」

勝手口から二人の女性が現れた。

昔の時代の女性のように、髪は日本髪を結っていて、下女らしいお揃いの模様の着物を着ている。

裾を紐でたくし上げ、洗濯物を抱えていた。

「よく出てこられたねえ」

何かを知っている風の女の人に、私は助かったの?と訊ねた。

そうみたいだねえ、と呑気な声を出す女性は、障子を背に洗濯を始めた。

でも、どうして助かったんだ?

私が疑問を浮かべた。

すると、答えが空から降ってきた。

“誰かがアンタのことを思い出したからだよ”

▽▼▽

目が覚めたとき、とにかく怖い夢だった~ということしか思い浮かばなかった。

でも、よくあることだが、不思議と印象深い夢であったので、何か意味があるかもな~とは思っていた。

で、最近あることに気づいた。

”誰かがアンタのことを思い出したからだよ”

という言葉。

これは、「救い」なのではないかと。

私は夢の中で聞いた無間地獄について調べていた。

意味は、絶え間なく苦しみが続く地獄、というものだそうだが、どうやら一度その地獄に落ちると地球が生まれて死ぬまでくらいの年月をそこで過ごさなきゃならないらしい。

それはなんとも、私が見た夢の通り終わりの見えない恐ろしいところだなと。

救いのない世界、地獄。

私は地獄のような世界を、一度は彷徨ったが、なぜか突然光の障子が現れて、そこから抜け出すことが出来た。

その理由が、「誰かが私を思い出したからだ」というのだが。

つまりそれって、先祖供養、と同じことなのではないだろうかと思ったのだ。

私が無間地獄で彷徨っている間に、誰かが偶然か必然か、私のことを思い出してくれたのだ。

「アイツ、どうしているかなあ。幸せに生きてるかなあ。」

って。

「元気にしているといいなあ」

って。

誰かが私を思いだし、そして私の幸せを願ってくれていたんです。

それが、私を地獄の世界から掬い上げる「救い」となった。

先祖供養って、ご先祖様を想ってお経を唱えたり、お墓参りをすることですよね。

そうやって、ご先祖様のことを思い出してあげることです。

つまりそれって、ご先祖様を、助けてあげることになるのかもしれないのです。

この夢を見た時に、そう思いました。

そして何より、それは死者ばかりに言えることではなく、今生きている人にだって言えることなのです。

地獄のような日々を生きている人の幸せを誰かが願う。

それが、地獄からその人を救うひとつの扉になるのかも。

私はそう思ったのです。

遠くに離れていたり。

会えなかったり。

そういう人でも、その人のことを想って、幸せを願ってあげれば。

たとえ地獄の最中にいようとも、救いの扉が現れる。

そんなことを思いました。

まあ、夢ですけどね。