親子というのは、いつまで経っても親子のままだ。

その立場は変わらない。

子どもは大きくなって、大人になって、そしてまた自分も親になっても、自分を産んで育ててくれた親の前では子供だ。

30歳になっても、50歳になっても。

私は小さい頃から「いい子」だった。(らしい)

私は学生時代も優等生だった。(自覚アリ)

周りの人から、いい子だと思われたい、優秀だと認めて欲しい、そう感じていた。

問題行動は起こさなかったし、アカラサマに学級委員長とかやったりもしていた。

当時はそれが、自分の好みであり性格だと思っていたし、優等生でいることが当たり前だった。

でも、今こうして大人になって、自分が親になってみて、あの頃の子供の自分を振り返ると。

あの頃の私は、母親に褒められたかった、ただそれだけだった。と、思う。

優等生の自分、いい子の自分、成績の良い自分。

それは、女手一人で苦労しながらも私を守り、育ててくれる母への、幼いながらに出来る精一杯の協力・親孝行のつもりだったのだと思う。

私は小さいながらに理解していた。

自分がいい子で、優秀であれば、自分の親が評価されるということを。

自分が悪いことをすれば、親が恥ずかしい思いをするということを。

子供でも、ちゃんと分かっている。

それは、大きくなった今でも変わらない。

大人になって、親になっても変わらない。

私は今でも、母にとっての自慢の娘で在ることを胸に、様々な願いや希望や目標を掲げている。

まあ、そのことを他人に話すと、「マザコン」と言われるのがオチなのだが(笑)

もはや、そのことを否定する気すら起きなくなったのは、ある意味自分自身をあるがまま受け入れているからなのだと考えている。