だんだんと自己主張が激しくなってきた息子ソー・一歳七ヶ月。

イヤイヤ期というのでしょうか。

ギャーッと泣いたままゴロゴロゴロゴロゴローっと転げまわって叫んでおります(笑)

私はこれをされたら、一旦無我の境地に逃げ込むことにしています。

つまり、カーッとイライラしたら子供を放って横になって目を瞑って我関せず、をするのです。

そうして、どうにかしてやるたくなる衝動が過ぎ去ってから、さてどうしたもんかなと転げまわる我が子と向き合います。

 

この魔の二歳児ならぬ第一反抗期というのは、親ならば誰もが通る道なんだとか。

ちょっと試しにツイッターで「#魔の二歳児」で調べてみたら、マー出るわ出るわ。

お母様方の降参の叫び。

ギャルママもセレブママも皆おんなじ思いをしているのですね。

 

魔の二歳児といえど、人それぞれ程度は異なるそうなのですが。

あまりイヤイヤしない子もいれば、一日中イヤしか言わない子もいるんだとか。

ソーはどうなるかな。

すんごい魔の二歳児だったらどうしよう・・・。

ということで、ちょっとチャネってみました。

いわゆる魔の二歳児とは何ぞや。

そしたら面白い光景が見えました。

どうやら子供の目線のようです。

母親の中に、赤と黒の塊や、鎖のような縛りがいくつもいくつも見えるんです。

それを見た時に、「私」はそれがなんなのかを理解できました。

その母親が持っている発散できずに囲っているものや、概念などの縛りです。

自分に厳しい人、自分より他人を優先させる人、我慢している人などは多くはっきり見えるかもしれません。

子供にはそれが見えるようです。

しかし、子供が見ても、それが何なのかはわかりません。

大人の世界にあるルールも、我慢も概念も何も知りませんから。

ただ、何かあることだけは分かります。

たぶん、目で見ているのではなくて、感じ取っているのでしょう。

子供は、母親の中に隠されているものを感じ取って、それを代わりに、とでも言いましょうか。

ぶち壊して解放しようとしているのです。

母親のために、というのもあるかもしれませんが、というよりは、「なにこれ、ヤダ!こんなふうに縛られたくない!」という母親の深層心理を表現しているのかもしれません。

気に入らないこと、うまくいかないことがあるとギャーッと泣いて暴れまわること。

子供にしかできないことであり、子供だからこそ、と、思いがちですが。

本当は、大人だって、どんなに成長したって、自分の思う通りにしたくて、時にはギャーッと泣いて暴れ回りたいものなのです。

でも、それがだんだんできなくなっていくのが、大人の世界。

我慢を覚えて、ルールを覚えて、常識を覚えていく。

もっとこうしたい、と思っても、それを阻むルールや常識がある。

大人と子供の違い。

ギャーッと泣いて暴れる子供と、その子供に振り回されてクタクタになる親との間には、共通の思いがあるのです。

親は子供を思い通りにしたいもの。

子供は道理にとらわれず無茶苦茶をしたいもの。

でもその子供の行為には、本当は親の本心も含まれているのです。

イヤイヤが激しい子ほど、親の中にあるルールや常識に対する窮屈さを表現しているのかもしれません。

子供を思い通りにしたいと思う親は、自分の中にルールや常識、概念がしっかりと根付いていて、でも本当はそれを窮屈に感じている。

(きっと、その親もそのまた親からルールや枠を教え込まれたのでしょう)

子供は、親が心の奥底で窮屈に感じていることを、なんだかよくわからないまま表現しているのでしょう。

 

そんなことを、思いました。

なので、ソーがイヤイヤを始めたら、自分自身の常識や概念を見直してみようと思います。

子供はきっと、大人の世界のルールや常識に囚われずに自由になるチャンスを与えてくれているのです。

 

ソーはコップの中の飲み物をこぼしたがります。

わざとコップを引っ繰り返して床にこぼしたり、牛乳をご飯の中に引っ繰り返したりします。

そんなことしちゃダメでしょ!

と教えるべきなのだと思っていましたが、果たして本当にそうなのだろうかと。

なんで飲み物をこぼしちゃいけないんだ?

ちょっと考えてみたんです。

で、出た答えが、「覆水盆に返らず」。

このことを学ぶ為には、おそらくもう何度か飲み物をひっくり返す必要があるでしょう。

コップの中の物は飲めるけれど、床に溢れた物は飲めないのだと。

だからこぼしてはいけないのだと。

ソーは分からないのでしょうね、なんで同じ飲み物なのに、コップの中にあるのは良くて、床にあるのはダメなのか。

確かに、よく考えたら、コップの中だろうが床だろうが水は水です。同じ水。牛乳は牛乳。本質は変わりません。

でも、両者では何かが違う。

その違いが、大人には当たり前過ぎても、子供には「?」なのでしょう。

反抗期というのは、大人になる準備だと言いますが、まさにその通りですね。

反抗期を一緒に過ごしていくには、子供目線になってみる必要がありそうです。

そして、その目線は、きっと大人に新たな驚きと気づきを与えてくれます。

凝り固まった常識と概念を、ほぐしてくれるに違いありません。

子育ては、子供のためであり、また大人のためでもあるのです。

アンティークシルバーが大好きなのです♡