金魚の夢を見た。

その夢の前に、他のお話があったのだけれど、印象的だったのは金魚だった。

金魚が、水槽でも金魚鉢でもない、小さな小さなプラスチックのケースの中にいた。

金魚は普通より大きく、五センチくらいあったが、その体が何とか入るくらいの小さなケースで、泳ぐスペースはなかった。

金魚は息苦しそうで、死んでしまいそうだった。

私は必死になって、お水を掛けて酸素を補給したが、小さなケースの中で金魚はどんどんと弱っていった。

金魚の夢は、小さな囲われた世界に生きていることを表す。

狭い世界で窮屈にしている自分を表すそうだ。

普段自分が考えていることや感じていることと、真実が違ったりもする。

それは、自分の中の修正力にあると思う。

理想と現実の差を埋めようとする修正力。

この夢は、私の理想を表しているのだと思った。

今の私は、割と自由に好き勝手しているつもりだ。

でも、心の奥底では、私にはもっとできるはず、もっと広い世界に生きたい、今の場所は小さすぎる、と感じているのかもしれない。

理想だけを追いかけるのは結構しんどい。

だから、現実に満足することも必要だ。

未完の完成(永遠の未完成、これ完成なり)とは誰の言葉だったか。

美しい言葉だが、そこには一種の狂気じみたものも感じる。

大好きな漫画が完結してしまうのは寂しい。

いつまでも続いて欲しいと思う。

でも、終わらない漫画を描く方は、果たして。

終わらない、ということは、辛いことでもあるということだ。

満足できないということは、苦しみでもあるということだ。

だから私は、現状に満足したり、感謝したりすることに重点を置いてきた。

でも、今日この夢を見たときに、その金魚が自分に思えてならなかった。

そう思いたいだけなのかもしれない。

今の世界は自分には小さすぎる、自分にはもっとできるはず、と解釈したくて、金魚の夢をそう読み取ったのかもしれない。

だとしても、金魚の夢の解釈が合っていようと間違っていようと、やはりそれが本心だということだ。

私の夢は大きいし、理想は高い。

だけど私は、今どうすればいいのか?

理想や夢を追って今できることをしている「つもり」だけれど。

「早くしないと死んじゃうよ。」

小さな箱の中では生きられない。

私の中の何かが、能力が、ひとつ死んでいってしまいそうな気がした。