私が我が子を可愛いと慈しめるのは、当たり前のことじゃない。

幼い一人の人間に振り回され、心を揺さぶられながらも、それでも可愛いと思えるのは、決して当然のことではない。

私はその事を、今こうして子供を産んで、育ててみて分かった。

子供を可愛いと思って愛せるのは、本当に幸せなこと、幸運なこと。

私はそう思っている。

安心して子育てできる家があって、生活をしていく為に必要な資金があって、子育てを手伝ってくれる人がいて、同じ目線で物事を語ってくれる仲間がいて。

そうしてようやく私は、子供を抱きしめて可愛いと喜べる「余裕」がある。

もし家がなかったら?

もし安定した収入がなかったら?

もし子育てを自分ひとりだけでしていたら?

もし同じ悩みを分かち合える仲間がいなかったら?

私はもしかして、いやきっと、追い詰められて余裕がなくて、不安や苦しみや疲れでいっぱいで、子供に笑顔を向けることが出来なかっただろう。

私は、自分の子供は何があってもどんな時でも可愛いものなんだ、そう思える特別な存在なんだ、と思っていた。

我が子は可愛い、それが当たり前。そう思っていた。

でもそうじゃない。

世の中にはきっと、いつどんな時もどんな状況であろうと我が子を可愛がれる人もいるかもしれない。

けれど私は違うだろう、私はたくさんの人に助けられ、恵まれた環境にいるからこそ、子供を愛することができている。

自分ひとりだけでは、子供は育てられない。

 

自分の子供は愛して当たり前、愛せないのはおかしい、なんて思わない。

我が子を可愛いと思えるのは、自分が恵まれているお蔭だ。

当然のことじゃない。

自分が子供を愛おしいと思えるのなら、それはとびきり幸運なことなのだ。