誰だってそう思うかもしれない。

赤ちゃんが生まれたら、可愛くて可愛くて、幸せで嬉しくて、なんでも許せちゃう。

毎日幸せで、毎日笑顔で、毎日楽しくて。

そんな生活を理想に思う。

少なくとも私は、そんな理想を抱いている。

でも現実は違う。

可愛いかわいい、だけで子育てはできない。

もしかしたらいるだろう、子供が大好きで、子育てを少しも辛いと感じない人も。

けれど反対にいるだろう、子供が大嫌いで、子育てが辛くて仕方がないと感じる人も。

そして、大変だけど、楽しいって思える人も。

 

私は恐らく、ヒーリングが無かったら育児ノイローゼになっていたことだろう。

「なんでこんなに大変なんだろう」

「こんなハズじゃなかった」

って思うことがあるからだ。

幸運なことに、ヒーリングもチャネリングもできたから、その疑問を自分で解消できるのが私の助けだ。

 

聞いてみた。

三つ子の魂百まで。

せめて三歳までは、怒ったりしないで、可愛い可愛いって育てたい。

愛情いっぱいに育てて、笑顔をたくさん見せてあげて子供を安心させたい。

大人になったって、母親の笑顔は格別だから。

でもそうできない時があって、思わず「もうっ!」ってなることも、突き放してしまいたくなることも、一人になりたくなることもある。

どうしてかなあ。

二度はない今この瞬間を、喜びと幸せだけで覆い尽くしたいのだけど。

 

怒って苛々している自分は嫌だし、にこにこして笑ってる自分は好きだ。

だから、いつだって好きな自分でいたいのに。

どうしてそう出来ないの?

 

答えはこうだ。

理想が、喜びと幸福と笑顔だけの世界だとして。

現実は、怒りと悲しみも存在する世界だ。

この世界に生まれたひとつの命は、生まれた世界のことを学ぼうとしている。

生まれたからには、生きて、死ぬために。

この世界に喜びと幸福だけしか存在しないのなら、そうやって毎日笑って過ごしていればいい。

けれど、この命はいつか、怒りや、悲しみや、寂しさを感じる日が来るだろう。

そうした時、どうしたらいいのか。

小さな命はその答えを求めているんだよ。

赤ちゃんが泣いて、泣いて、お母さんを困らせるのは、お母さんの感情の表現を知るためだ。

お母さんが笑ったり、泣いたり、怒ったりしている姿を感じるためだ。

「怒り」をどうすればいいのか、「悲しみ」をどうすればいいのか、「喜び」をどうすればいいのか。

それが知りたい。

だから、母親はありのままの姿を見せればいい。

思う通りに行かなくて苛立つときは、怒った顔をして声を大きく出せばいい。

「怒り」とは、こういうものなのよ、って。

寂しくて、不安になって、泣き出したい時は、涙を流して蹲ればいい。

「悲しみ」とは、こういうものなのよ、って。

そして嬉しくて、可愛くて、幸せな時は、満面の笑顔で「あなたが大好きよ」って言えばいい。

「喜び」とは、こういうものなのよ、って。

 

「怒り」を知らない子、「悲しみ」を知らない子は、大きくなってそれに直面した時に

どうしたらいいのか分からなくなる、不安になる。

怒りを、悲しみを、表現することを恐るようになる。

ありのままを、出せなくなる。

だから親が、まず母親が、見本を見せてあげるんだよ。

感じたままを、表現していいんだよって。

 

言葉が通じなくても、子供はわかってる。

そして、たとえお母さんが怒ったり苛立ったりしても、ちゃんと自分のことを愛してくれてるってわかってる。

だからお母さんも怖がらずに、自然な自分を見せてあげればいい。

 

私は割と、感情を表に出すタイプではなく、他人に感情をかき乱される前に逃げる(笑)のが得意だったので、

私が怒ったり苛立ったりしているところを見たことがない、という風に言われることが多かったのですが

我が子にはその伝説を木っ端微塵に粉砕されておりまして、感情的にも生活的にも振り回されまくっております。

怒ったり、イライラしたりする姿を見せるのが嫌いなので(誰でもそうか?)、なんでこんな風になっちゃうんだ、

と日頃悩んでいましたが、こういった答えを貰うと「じゃあしょうがないか」と思えるので不思議です(笑)

我が子のためになるのなら、怒るときは怒って、泣きたい時は子供に負けないくらい泣いて、そして一番大事なのは、

嬉しくて楽しくて幸せな時は、思いっきり喜んで。

そして子供に、「大好きだよ」って、ちゃんと言葉にして、何度でも言ってあげる。

 

我が子は可愛いです。

本当に、何にもなくても可愛い。

だから、わんわん泣かれたり、困ったことをされたりでもしなきゃ、怒ったり苛立ったりなんかしないでしょうね。

追い詰められなければ、自分が見せたくない姿なんて見せないでしょうね。

だから、子供はわざと親を困らせるようなことをするのかもしれません。

お母さんのすべてを知りたくて。

 

と、いうわけで。

我が子に振り回されるお母さん、レリゴー♪(Let it go !)